2018.1.29

【インタビュー】グローバル&サイエンス! ももクロだって“本質”に迫りたい

JBpress編集長、鶴岡 弘之

オンラインメディア編集長リレーインタビュー取材班

メディア
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JBpressが「終活」を取り上げるなら

──JBpressとはどんなメディアですか? 成り立ちや読者層を教えてください。

鶴岡 2008年にオープンした総合ビジネスメディアです。日経BP社で「日経ビジネスオンライン」を立ち上げたスタッフが中心になって開設しました。僕もその一員で、前職は日経ビジネスオンラインの記者・編集者でした。

 メーンターゲットは、企業の経営者や管理職の人たちです。実際に経営者や管理職の人を中心に、大学関係者や研究者、コンサルタント、官公庁の方々にもよく読んでいただいています。読者の年齢層は40~60代の方が中心で、ほかのビジネスメディアよりも高いほうですね。

──コンテンツの特徴を教えてください。

鶴岡 「グローバル&サイエンス」「地頭に響くビジネスメディア」というキャッチフレーズを掲げて、政治・経済・社会問題・科学技術などに関するコンテンツを幅広く掲載しています。

 特に海外の政治・経済・社会動向に関するグローバル分野は最大の柱になっています。イギリスの経済紙「フィナンシャル・タイムズ」と「エコノミスト」のスピーディーな翻訳記事が読めるのも大きな特長で、国際的に活躍するビジネスパーソンの方々に高く評価されています。グローバル分野はJBpressの最大のウリになっていると言っていいですね。

 一方で、日本国内の地域経済や地方の中小企業に関する記事も柱の1つになっています。国際情勢と日本の地域経済という、いわば正反対のベクトルのコンテンツを同時に追求している点が、他のビジネスメディアとは違う特色だと思います。

──「グローバル&サイエンス」の「サイエンス」という言葉の意味は?

鶴岡 2つの意味を込めています。まず、他では読めない科学技術分野のコンテンツを提供するということ。たとえば、宇宙や医療などに関する記事が挙げられます。もう1つはメディアの姿勢として「科学的に分析して伝える」ということです。憶測や感情で物事を論じるのではなく、できるだけファクトに基づいて、そこから論理的に導き出せることを伝えたいと考えています。

──それは「地頭に響く」とも通じますか。

【プロフィール】東京大学文学部卒業。電機メーカー、コンピューターメーカーを経て日経BP社記者に。コンピューター雑誌、美術・デザイン雑誌、ビジネス系ウェブサイトなどの編集や運営、立ち上げに携わる。2008年4月、日本ビジネスプレスの設立に参画し、副編集長に就任。2015年4月より現職。著書に『一億人に伝えたい働き方無駄と非効率のなかに宝物がある』『「小さな神様」をつかまえろ!』がある

鶴岡 そうですね、本質を深く掘り下げたコンテンツを届けたいとうことです。もちろん世の中の最新の動きは追わなければならないんだけど、流行には安易に飛びつきたくない。世の中の出来事を伝えつつ、水面下や背景でどのような流れがあるのか、さらには歴史的にどう位置づけられるのかを意識しています。

 たとえば、いま「終活」がブームですよね。でも、この間、親戚の法事があって長野県のあるお寺に行ったら、和尚さんの法話が面白かったんですよ。その和尚さんは「最近、終活という言葉をよく聞きますが、終活は仏教の観点からすると間違っています」と言うんですね。「残された人に迷惑をかけたくない」と言って終活をする人が増えているけど、人に迷惑をかけて生きるのは当たり前で、みんな互いに迷惑をかけ合って生きているんだと。だから互いに助け合って感謝して生きることが大事ですよと言うわけです。仏教は2000年以上にわたって生きること死ぬことの意味を突き詰めてきたわけですから、説得力がありますよね。まあ、理想論と現実論のせめぎ合いみたいな話になるんでしょうけど、ああ、これはJBpressのコンテンツになるなと思いながら法話を聞いてたんです。

 深く、本質を掘り下げるという編集方針は、どんなテーマでも同じです。たとえばアイドルの「ももクロ」(ももいろクローバーZ)についての記事だって、「一生懸命さが受けています」「プロレスのネタを取り入れて成功しました」とかすでに言われていることをなぞるんじゃなくて、組織論としてアカデミックに掘り下げて論じるのがJBpress流です(参考「王道プロジェクトマネジメントが実を結んだももクロ主演『幕が上がる」)。

──編集長は「モノノフ」(=ももクロのファンのこと)だと聞いていますが、それはブームに乗っかったんじゃないですか?

鶴岡 あのですね、僕は2011年からライブに行ってますから。ライブハウスで見てますから。当時、すでにアイドルオタクだけではなく一部の音楽好きの間で「すごいアイドルがいる」って話題になっていましたけど、世の中全体ではまだほとんど知られてなかったですよ。

──そんなにムキにならないでください。とにかく、物事の本質に迫りたいということですね。

鶴岡 マスコミって往々にして物事の一部分だけを取り上げて、それが全体であるかのように決めつけるじゃないですか。ネットがなかった昔のほうがもっとひどかったと思うけど、今も相変わらずそういう傾向は強いですよね。JBpressは物事の一部分だけを取り上げて決めつけたくない、安易に流行に飛びつきたくないという気持ちがあります。

 

「中国はこうだ」という正解はない

──グローバル分野に力を入れているとのことですが、現在の国際情勢をどうみているか、どんな情報を発信していきたいか教えてください。

鶴岡 国際情勢に関して言うと、注目しているのはやはり中国のこれからですね。目覚ましい成長を遂げて世界第2位の経済大国になった中国がこのまま発展していくのか、どこまで発展するのか、それともバブルが弾けて世界経済を巻き込んで転落してしまうのか。

 尖閣諸島周辺では相変わらず緊張状態が続いていたり、共産党のさじ加減ひとつでコロコロと反日になったり雪解けムードになったり一筋縄ではいかない国ですが、これだけの大国が隣にいるわけですから、なんとか付き合っていかざるをえないですよね。

──中国をどのようなスタンスで取り上げますか。

鶴岡 多面的に伝えるということを大切にしたいですね。「中国は日本を超えた」「いや、超えていない」と、いろいろな見方ありますが、最初に「こういう結論に持っていこう」と決めてかかればどちらも言えるわけです。

 2017年の頭に初めて上海に行ったんですけど、実際に行ってみるとやはり衝撃を受けますよね。話には聞いていたけど、それこそ腰を抜かすほどの大都市だった。建物といい、人の多さといい、スケールやエネルギーでは日本はかなわないなと思いました。

 ただ、均質化されたレベルの高いサービスや料理の繊細な味付けとか「丁寧さ」「細やかさ」という部分では絶対に日本だなと痛感しました。あと、日本に旅行に来た中国人は「日本は清潔だ」と言いますが、確かに上海から日本に帰ったとき、日本の街はなんて綺麗なんだと感動してしまいました。中国は都市と農村の間に絶望的な格差があるということもよく言われます。こんないびつな社会がいつまでも続くわけがないと。

 だから、「中国はこうだ」という正解はないと思うんですよ。JBpressとしては中国についても、1つの目線ではなく複数の目線で多角的に論じることを大事にしたい。たとえば瀬口清之さん(日本銀行、米国ランド研究所などを経てキヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)さんが執筆した「中国熱が冷めてきた欧米、日本はブーム復活の兆し」という記事があります。今年の夏頃から中国ビジネスに対する見方が、米国企業はネガティブへ、日本企業はポジティブへと逆方向に向かっていたことを指摘する論考です。中国ビジネスにおいて何を好材料、悪材料と見なすか多面的な視点を提供しており、多くの読者に読まれました。やっかいな隣人と付き合っていくには、相手のことをよく知ることが必要です。プラス面もマイナス面も、できるだけ多くの情報をインプットするしかないですよね。

──ほかに注目しているテーマ、注力したいテーマはありますか。

鶴岡 今月から「デジタルトランスフォーメーション」をテーマにした特設ポータルサイトを立ち上げているんですが、IoT、ロボット、AI(人工知能)といった新しい技術の進展、世の中のデジタル化の流れは非常に重要で大きなテーマだと思っています。

 身近な例でいえば、最近の回転寿司屋ってどんどんITの導入が進んでいますよね。以前は回転レールの上を回るお皿を取るスタイルだったけれど、今はタッチパネルで注文すると握りたての寿司がレールに乗ってスーッと目の前にやってくる。店側は提供したお寿司のデータを取っていて、鮮度管理やコスト管理などに活用しています。また、衣料業界やコンビニなどではICタグを利用した無人レジを導入する店舗が登場しています。

 自動車なんかは、商品そのものがコンピュータ化してきていますよね。先日、あるディーラーの社長と話をしたら、「最近は車の“調整”という作業がなくなりました。修理のときはユニットを丸ごと交換ですから」と言うんです。これから電気自動車や自動運転が普及するようになったら、商品そのものはもちろん、自動車産業の構造や勢力図も激変するでしょう。医療の世界でもイノベーションが起きています。たとえば現役医師の多田智裕さんが書かれた「すでに医師の平均を上回っている人工知能の診断精度」という記事は、皮膚がん、糖尿病性網膜症、ピロリ菌胃炎などの診断において人工知能の性能が人間の医師の平均を上回っていることを明らかにし、多くの読者に衝撃を与えました。

これだけ急激にデジタル化が進んで人々の生活を大きく変えているのは、すごく面白い時代だと思います。デジタル化によってビジネスと社会がどう変化するのかをしっかりと見届けて、記事にして発信していきたいですね。

 

人間の根源的な欲求は変わらない

──JBpressのビジネスモデルを教えてください。

鶴岡 広告収入と有料会員からの会費が収益の柱です。おかげさまでこの2年ほどで広告の売り上げも会員数もすごく伸びています。広告はバナーに加えていわゆるコンテンツ広告や特設サイトのスポンサー広告が好調です。JBpressの読者層がきわめて良質だということが認知されてきたからだと思います。企業の経営を担う人たち、意思決定者層とコミュニケーションを図れるメディアだということがクライアントに理解してもらえるようになってきたのではないでしょうか。

──今後、ビジネスモデルとしてどのような展開を考えていますか。

鶴岡 コンテンツ課金の方向もありますが、大きな流れとしてビジネスモデルとしては難しくなっていくのではないかと思います。メディアが発信する情報の金銭的価値がどんどん下がっているからです。

 今までは、マスコミが一般の人が手に入れられない情報を入手できる特権的な地位にいたから、その情報をありがたがってお金を払う人がいました。でも今や“素人”が1次情報をどんどん発信する時代です。ネット上で読むニュースは無料だし、おまけにどんどんコピーされて出回っています。ネットの世界では情報の金銭的価値の相場がどんどん下がり、コンテンツそのものをお金に換えることが難しくなっています。

 だから考え方としては、JBpressというブランドをお金に換えていくしかないのかなと。ではどうするかというと、ありきたりな言い方になってしまいますが、やはり圧倒的に高品質なものを作っていくしかないと思います。編集記事はもちろんコンテンツ広告も、圧倒的に高品質のものを作って、質の高い読者に届けるということです。

 寿司屋でも焼き鳥屋でも熟練した職人が高品質のものを作っていると、やはり高いお金を取れますよね。ラーメン屋は典型的ですけど、人気のあるお店は常に手間暇をかけて一定の品質のものを提供しています。一方、ちょっとでも手を抜くと、さーっと客はいなくなります。ネットメディアも同じです。

 同時に、これから読者が何にお金を払ってくれるのかを考えていく必要があります。メディアの世界では「編集」の時代だ、「キュレーション」の時代だと言われて久しいですが、長年コンテンツを作ってきた人間からすると、もっと人の心に訴えてマネタイズしたいという気持ちがあります。

 1つ言えるのは、どれだけ世の中のデジタル化が進んでも、人間の根源的な欲求は変わらないだろうということです。たとえば「エロ」と「金儲け」情報へのニーズはずっとなくならないでしょう。そちらを開拓しようとは思いませんが、「承認への欲求」や「つながりへの欲求」はマネタイズのヒントになるのかなと思います。「場」にお金を払ってもらう、「体験」にお金を払ってもらう、「時間」にお金を払ってもらう・・・いろいろなやり方があると思いますが、どんなサービスを開発していけばいいのか、これからの課題ですね。

──どうもありがとうございました。

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